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ベトナムに住んで感じること

ハーフの私でさえ、ベトナムに住むとは思ってもみなかったわけですが、住んでみたらけっこう居心地もいいので、気に入っています。ベトナムについては気候が良いのも特徴です。

ただハノイは想像よりもちょっと寒いかもしれません。特に冬場は8度位まで気温が下がります。それにもかかわらずストーブなどの設備はありません。ではどうするのか?というとセーター等を着込むわけです。

冬はセーターなど厚着をして過ごす人が多く見られます。中には寒さのあまり凍死した人もいるそうです。(最低気温が8度のとき)根本的に日本人は寒さに慣れているんだと思います。
それと交通事故が後を絶たない国ですね。一説によると日本の5倍以上なんだとか。それでも現地の人はバイクを活用しています。バイクが自転車がわりになっていて、母もバイクを乗っています。私もたまに乗ります。買い物のときとかバイクが便利なんですよね。
母と2人乗りもしょっちゅうです。ベトナムでは日本のバイクとちょっと違っていて、バイクの乗る部分が大きいなサイズになっており、3人や4人のりもざらです。家族にとって家族所有の車のような感覚だと思って間違いありません。
また最近はつくづく景気が良くなっているなと感じます。ハノイでも高級外車がどんどん増えています。以前は車が珍しかったイメージでしたが、最近は中流の家庭でも車を持っている世帯が増え始めています。
我が家は当面車は持たないと思います。なにしろ運転が危ないからです。日本と比較したら、ハノイの運転事情はとても荒く日本人はとても運転できないと思うことでしょう。実際に日本人については現地で運転している人をほとんどみかけたことがありません。駐在員についてはドライバー付の人も多いことから、ドライバーさんの車で移動している人を見かけます。
ベトナムでの仕事は日本よりもハードです。20代の私でも管理職になっているくらいです。仕事が大変なのは日系企業でも同じでその点は覚悟しておいたほうがよいでしょう。責任は重くても、給料は安いのが現地採用です。
その代わり物価も安いので日本よりもリッチな生活ができるといった声も多く聞かれます。
ベトナムに移住して仕事も変わり大変だなと思うことも多いのですが、新鮮なことも多くまた母も元気になったので今は移住してよかったと思っています。
まだ先のことはわからないのですが、もし日本に戻ってもベトナムでの生活は貴重な体験になることと思います。

日本との違い

ベトナムで仕事をしていると、日本との違いを感じることはたびたびあります。私の場合、日系企業勤務なので日本式だなと思う面も多々あるわけですが。
私の勤務先ではまずラジオ体操からスタートします。これぞまさしく日系企業ですよね。朝出勤したら、みんなでラジオ体操をするのが恒例です。事務員、作業員問わずみんなでやります。
ラジオ体操が終わったらミーティングの開始です。ミーティングはベトナム語で行われます。また本社から人が来る場合は、英語でやり取りされることもあります。それなりに英語ができる人でも最終的にベトナム語が必要となります。日本でもそうですが、細かい部分についてはやはりベトナム語が1番正確に伝わるためです。私はたびたび翻訳代わりにも借り出されます。
昼休みについては45分、そして15時から15分ほど休憩があります。基本的に工場ベースの時間で勤務しています。私はベトナム現地本社勤務でハノイの支店に出勤していますが、たびたび工場に出向き打ち合わせにも参加しています。
工場ですがハノイ郊外に工場団地があり、そこで打ち合わせとなります。会社には自転車で出勤しています。
お昼休みは外食する人も少なくありません。近所にローカルなお店やカフェが立ち並んでいます。私もほとんど外食です。昼ごはんはフォーを食べることが多いです。
工場に行った際は、工場の食堂を利用しています。いわゆる社員食堂といったものです。実は社員食堂のご飯がおいしくないことで社員からも大きな不満の対象となっていました。とにかくまずいと。これは問題だと会社側がプロの指導員を呼んで食堂を大掃除・改装し、おいしい食事を提供することになったのも最近の話です。
最初食べたときは確かにまずかったです。ベトナム料理でなんでこんなまずくなるのか?と不思議でした。業者が入ってからかなり改善され、いまではそこそこのレベルの食事が提供されています。
あとは休みが日本と異なっています。ベトナムでは旧正月の「テト」というものがあります。この期間は日系企業も現地の状況に合わせて長期休暇に入ります。正月と長期休暇が一緒になったものであり、里帰りするのがベトナム人の恒例行事です。
また転職がけっこう激しいのもベトナムの現状です。ベトナムはかなりバブリーな時期になっているので、仕事をやめても次の仕事は簡単に見つかるわけです。
あと通勤はバイクが圧倒的に多いです。バイクが主流なんだなとつくづく思います。私はバイクの運転が怖いので自転車で通勤していますが、私と同じくらいの距離の家の子でもバイク通勤をするのが当たり前です。

ベトナム語の習得について

私の場合、小さいころから母とベトナム語のやり取りをしているのでベトナム語についてはそれなりに話せます。
ハーフの世帯では母親の言語のほうが主力となることが多いようです。私の場合は家ではベトナム語でしたが、学校が日本の学校のため日本語もネイティブで話すことができます。
ベトナム語ですが、文字が問題でした。学校でもベトナム文字を学ぶ機会はなかったので、文字については大学に入ってから勉強しました。幸いベトナム語のカリキュラムがあったので、それを専攻したわけです。
私の大学ではベトナムの大学と提携体制をとっており、ベトナム語を勉強しに行っていた人もいました。
現地採用の流れをみると大学の留学などでベトナム語を学んだ人がそのまま就職したり、日本で仕事をやめてベトナム現地で語学学校に通い就職する人などさまざまな形で就職している様子が伺えます。
ベトナム語ですがけっこう難しいという人も少なくありません。英語のほうが楽だと感じるみたいです。
ベトナムでは英語が公用語になっている会社もあります。また日系企業では日本語が堪能なベトナム人も多いことから、その点でもあまり不自由を感じないかもしれません。
駐在員であれば通訳付ですが、現地採用については自分たちで処理しなくてはならず、ベトナム語は基本となります。ベトナム語といっても日本の方言のように場所によって若干異なります。その点についても目を向けたいところです。
また現地採用については30代で入ってくる人も多く、私は若い方だったりします。IT関連の会社ではそこそこ英語ができてプログラミング経験があればOKといったこともあり、ベトナム語が必ずしも必要とは限りません。
このように会社にとっても異なってきます。ただできるに越したことはありません。何しろスタッフは95%以上ベトナム人です。ローカル色が強い会社では英語ももちろん話せないスタッフがほとんどです。
ベトナム語ですが、独学だと勉強はかなり厳しいと思います。発音など独特な癖があり、英語とも違いますし日本人には発音しずらい音なのも特徴です。
ベトナム語が堪能な日本人を見ると私のようにハーフであったり、ベトナム語でしっかり勉強した人がほとんどです。
会社によってはベトナム語の語学学校費を負担してくれるところもあります。会社で講師を呼び寄せてレッスンしているところもあるみたいです。
日系企業では日本語教育にも力を入れていて、日本語教師を派遣しているケースもあるほどです。

離婚がきっかけでベトナム移住へ

父と母が離婚すると話しがあったのは、離婚半年前のことです。いよいよこのときが来たなと思い、私も弟もそこまで驚きませんでした。父と母の離婚に伴いすでに就職していた私が母を引き取ろうと思っていたので、母に新しい生活について話をすすめようと考えていました。そのときです。母が「お母さん、ベトナムに帰るね」と言ったのです。
私も弟もびっくりして、「え?なんでいまさらベトナム?」と思ったのは言うまでもありません。確かに母はベトナム人であり、今もベトナム国籍を持っています。離婚後母国に帰るのは不思議なことではありませんが、日本での生活がもうすでに30年を超えていたので、いまさらベトナムに帰るなんてピンとこなかったのです。
私は思わず「生活はどうするの?」とたずねました。母は両親(祖父母)が住んでいた実家が空き家であること、また離婚に備えてちょっとは貯金していることから当面はそれで暮らしていくというのです。
母は「心配ないよ」といいますが、我が家の経済状況から貯金といっても微々たる額であることは予想がつきますし、また母は異国で1人暮らすのは寂しいのでは?といった思いがありました。
いくらベトナム人であっても、母の姉はハノイから車で7時間くらいの郊外に住んでいるし、祖父母も亡くなっています。ハノイに戻っても実質1人なわけです。
弟も母を心配して「母さん、僕就職もするし日本にいなよ」と声をかけました。お母さんは「どうもありがとう。気持ちはうれしいけど、もう1度ベトナムに住みたい。おじいちゃん、おばあちゃんの家に戻る」というのです。
父との生活でつらかったことも多かったと思うので、ベトナムに戻りたいと思うのはしょうがないことかなといった気持ちもありました。
母は弟の大学の卒業式後にベトナムに向かうといっています。私も弟もどうしたらいいのか?と考え、何度か話し合いをしました。父は子供を持つのが遅かったので、年齢的にもどっちかがそばにいたほうがいいのでは?という話になり、弟は父のもとへ私は母のもとへ暮らそうという話になりました。
私は上司に状況を説明し、2月いっぱいで退職する旨伝えました。大学卒業以来お世話になった会社で、周りの人にもとても恵まれていました。できれば結婚後も働いていたかった会社です。しかし母を1人ベトナムに帰すわけにはいかないと思いました。
幸い私はベトナム語が話せることと、ハノイでは日系企業が現地採用の形で求人を出していることから就職についても可能だと考えたわけです。