アーカイブ | 9月 2012

ベトナム語の習得について

私の場合、小さいころから母とベトナム語のやり取りをしているのでベトナム語についてはそれなりに話せます。
ハーフの世帯では母親の言語のほうが主力となることが多いようです。私の場合は家ではベトナム語でしたが、学校が日本の学校のため日本語もネイティブで話すことができます。
ベトナム語ですが、文字が問題でした。学校でもベトナム文字を学ぶ機会はなかったので、文字については大学に入ってから勉強しました。幸いベトナム語のカリキュラムがあったので、それを専攻したわけです。
私の大学ではベトナムの大学と提携体制をとっており、ベトナム語を勉強しに行っていた人もいました。
現地採用の流れをみると大学の留学などでベトナム語を学んだ人がそのまま就職したり、日本で仕事をやめてベトナム現地で語学学校に通い就職する人などさまざまな形で就職している様子が伺えます。
ベトナム語ですがけっこう難しいという人も少なくありません。英語のほうが楽だと感じるみたいです。
ベトナムでは英語が公用語になっている会社もあります。また日系企業では日本語が堪能なベトナム人も多いことから、その点でもあまり不自由を感じないかもしれません。
駐在員であれば通訳付ですが、現地採用については自分たちで処理しなくてはならず、ベトナム語は基本となります。ベトナム語といっても日本の方言のように場所によって若干異なります。その点についても目を向けたいところです。
また現地採用については30代で入ってくる人も多く、私は若い方だったりします。IT関連の会社ではそこそこ英語ができてプログラミング経験があればOKといったこともあり、ベトナム語が必ずしも必要とは限りません。
このように会社にとっても異なってきます。ただできるに越したことはありません。何しろスタッフは95%以上ベトナム人です。ローカル色が強い会社では英語ももちろん話せないスタッフがほとんどです。
ベトナム語ですが、独学だと勉強はかなり厳しいと思います。発音など独特な癖があり、英語とも違いますし日本人には発音しずらい音なのも特徴です。
ベトナム語が堪能な日本人を見ると私のようにハーフであったり、ベトナム語でしっかり勉強した人がほとんどです。
会社によってはベトナム語の語学学校費を負担してくれるところもあります。会社で講師を呼び寄せてレッスンしているところもあるみたいです。
日系企業では日本語教育にも力を入れていて、日本語教師を派遣しているケースもあるほどです。

給料や条件について

ベトナムでの企業ですが、私の場合現地採用でのエントリーとなります。ベトナムの日系企業で仕事をする場合は、日本本社での採用でベトナムへの出向(駐在)と現地採用の2つです。日系企業なので条件はそこそこのように感じている人もいますが、日本と比較すると見劣りする内容となっています。
企業側も「なるべくなら人件費をかけたくない」といったことが本音です。
ベトナムでの給料相場ですが1500ドルが相場となっています。一般職で1000ドル、管理職で2000ドルが最大でしょうか。ベトナム現地では1人暮らしでそれなりのところに住んでも、大体1000ドルあれば十分な暮らしができます。もちろん駐在員のようなリッチな生活は難しい状況です。
私の場合、家賃がないことから光熱費と食費程度のものでそれこそ生活費に500ドルもあれば十分な世界です。
健康保険ですがベトナムローカル保険がメインとなっています。日本のほけんが適用になっているものがないか探してみたのですが、見当たりませんでした。またベトナムは税金がかなりかかります。1500ドルの収入でも税金が20%もかかるので実質1200ドルほどとなっています。
ベトナムではドルとドンが流通していますが、日用品を買うならドンを使うのが通例です。ドル支給がほとんどなので、両替の手数料もかかります。多くの場合、交通費についても支給されません。駐在員は家賃補助や日本の保険の補助、そして交際費なども出るので雲泥の差となっています。
ちなみにベトナム人の平均給料は300ドルとなっています。日本人はその3倍以上なのでいかに恵まれているか?といった点も大きなポイントです。私の場合、日本国籍なのでハーフといえども日本人扱いとなっています。
私は合計3社ほど受けたのですが、そのうちの1社が最初は1000ドルからスタートして様子をみつつ1500ドルを検討したいといったことを言われました。求人には1500ドルで掲載されていた求人です。
これは納得がいかなかったので、1500ドルからスタートでお願いしたいことを粘り強く交渉しました。私の場合、母を養うことも前提なので少しでも給料は高いほうがいいわけです。
私は幸い日本の父の家の住所をおいたままにしているので、国民年金に加入しています。日本でもそれなりに貯金があることから、そこから引き落としにしています。これだけも年間20万近くかかります。
このように現地採用については日本と比較したらデメリットもあるのが現状です。

ベトナムは日系企業も多い

こうして私と母は3月上旬に日本を旅立ちベトナム入りを果たしました。ハノイに来たのは久々のことです。
まず第一印象として空港がとても綺麗になったなと感じました。
ベトナムドンですが、日本円から両替すると相変わらずの量だなと実感しました。母にとってハノイ入りは実に5年ぶりです。祖母が亡くなったときに訪れたのが最後でした。
母はひさびさのベトナム入りにとてもうれしそうな顔をしています。空港から街中そして母の家にはタクシーで移動したのですが、昔ここでご飯を食べたことがある、お店がなくなっているなど私に説明する場面もありました。
母の実家はたまに母の姉が訪れて掃除してくれていたこともあり、それなりに整っていました。古いのですがコンクリート造りですし、ペイントしたり壁紙をはれば、そこそこかわいらしくできそうだなと思いました。
ハノイに来て移住の準備などもあり、最初の1週間は準備に追われていました。昔祖父母の家を訪ねたときよりも街はあきらかに発展していましたし、日本語の看板も多いなと思いました。
ベトナムに進出している日系企業は多く、ハノイにも進出が目立っているとのことですが、改めて本当に多いなと思ったほどです。おまけに人材紹介会社を利用すればたくさん紹介してくれるほどです。
私は少しのんびりしたい気持ちもあったので、4月から仕事をしたいなと思っていました。4月から働くためにも就職活動も少しずつすすめていかなければと思い、すすめていきました。
母はおさななじみとあったり、姉とあったりとても楽しそうな日々を過ごしていました。私もハノイの街を散策したり、カフェに立ち寄ったり充実した日々をすごしていました。インターネットも利用できるので、弟や父とも連絡はいつでも取れる状態でした。
また日本でベトナム企業とのやりとりも経験があるので、一般職ではなく管理職を狙ってみては?とすすめられました。私の年齢で管理職なんて考えられませんが、ベトナムの日系企業では管理職募集も多く、逆に一般職だと給料が低かったり、あまりメリットがないように感じられたのも事実です。私は日系の管理職に絞ってエントリーすることを決めました。
海外進出は多いとは聞いていたのですがハノイにもこんなに進出しているとはと驚きを隠せませんでした。首都とはいえ、一昔前のハノイは素朴なアジアといったイメージで屋台や露天のイメージが強かったためです。
派遣会社でも求人は充実していました。大卒でベトナム語ができればそこそこ就職できるんだなと実感しました。

投稿日: 2012年9月12日 カテゴリー: 就職 タグ:

離婚がきっかけでベトナム移住へ

父と母が離婚すると話しがあったのは、離婚半年前のことです。いよいよこのときが来たなと思い、私も弟もそこまで驚きませんでした。父と母の離婚に伴いすでに就職していた私が母を引き取ろうと思っていたので、母に新しい生活について話をすすめようと考えていました。そのときです。母が「お母さん、ベトナムに帰るね」と言ったのです。
私も弟もびっくりして、「え?なんでいまさらベトナム?」と思ったのは言うまでもありません。確かに母はベトナム人であり、今もベトナム国籍を持っています。離婚後母国に帰るのは不思議なことではありませんが、日本での生活がもうすでに30年を超えていたので、いまさらベトナムに帰るなんてピンとこなかったのです。
私は思わず「生活はどうするの?」とたずねました。母は両親(祖父母)が住んでいた実家が空き家であること、また離婚に備えてちょっとは貯金していることから当面はそれで暮らしていくというのです。
母は「心配ないよ」といいますが、我が家の経済状況から貯金といっても微々たる額であることは予想がつきますし、また母は異国で1人暮らすのは寂しいのでは?といった思いがありました。
いくらベトナム人であっても、母の姉はハノイから車で7時間くらいの郊外に住んでいるし、祖父母も亡くなっています。ハノイに戻っても実質1人なわけです。
弟も母を心配して「母さん、僕就職もするし日本にいなよ」と声をかけました。お母さんは「どうもありがとう。気持ちはうれしいけど、もう1度ベトナムに住みたい。おじいちゃん、おばあちゃんの家に戻る」というのです。
父との生活でつらかったことも多かったと思うので、ベトナムに戻りたいと思うのはしょうがないことかなといった気持ちもありました。
母は弟の大学の卒業式後にベトナムに向かうといっています。私も弟もどうしたらいいのか?と考え、何度か話し合いをしました。父は子供を持つのが遅かったので、年齢的にもどっちかがそばにいたほうがいいのでは?という話になり、弟は父のもとへ私は母のもとへ暮らそうという話になりました。
私は上司に状況を説明し、2月いっぱいで退職する旨伝えました。大学卒業以来お世話になった会社で、周りの人にもとても恵まれていました。できれば結婚後も働いていたかった会社です。しかし母を1人ベトナムに帰すわけにはいかないと思いました。
幸い私はベトナム語が話せることと、ハノイでは日系企業が現地採用の形で求人を出していることから就職についても可能だと考えたわけです。